〝幻〟3 城構えは如何に

「城構え」に関しては『池田城跡縄張り図』が、平成五年(1993)五月に調査・作成されたそうです。しかしながら、実施主体やその調査結果に関しては一般的は知られていません。

「城構え」を語る上での基本となる「縄張り図」について、素人の私などは、多少費用がかかるものの、航空レーザー測量を実施したらと、常々思っています。従来行われていたヘリコプターを使っての高額な測量・調査ではなく、現在はドローンを使って同様の測量・調査が可能だとも云われており、費用面でも格段の開きがあるようです。(勿論安価にすむという事です。)

私がこの論考のベースにしている「池田町屋郷土史」には、「縄張り図」に関しては掲載されていませんが、それに近いものが同書25頁「第4図 池田城趾」にあります。と云うか、それ以外には池田城の城構えに関して言及している部分がないのが実際の処です。

従って、池田城の城構えに関しては、やはり「幻」と云うしかありません。


※「城構え(しろがまえ)」とは、日本の城郭において敵の侵入を防ぐために設けられた区画(曲輪・くるわ)や、城そのものの構造・縄張り(設計・配置)を指します。by Google AI

池田町屋郷土史 第4図 池田城趾

この図では、中央にある「川合洞」を挟んで図左(西側)に「稲荷<E>」、図右(東側)に「砦跡<F>」となっています。

この位置関係からすると、砦跡がある東側の山(峰)を「城山」と呼ぶ方が自然、妥当なようにおもえます。

こう考えると、古来「城山」と呼ばれた山と、現在も「稲荷山」と」呼ばれている山とは異なると考えるのが妥当のように思えます。
尤も、漠然と「お城が在った山一帯」との意味と考えれば納得は行く。

‥‥と言うのが他所者の素人の疑問なのです!

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